Home > YRS Media >

コーナーの向こうに ラップタイム(16) - YRS Mail Magazine No.116より再掲載 -

ラップタイム ( 第16話 )

つかの間の単独走行。ヘアピンを抜けて短いストレート。いったん下ってから上り。リアビューミラーを見ると310サニーとミニがストレートでも牽制しあっている。距離は、まだ遠くはない。「このままやりあっていてくれるといいんだけど。」

レースをしていて時々思うことがある。本当はもっと速く走れるんじゃないかと。なにしろできるだけ少ない予算で長く続けることばかり考えてきたから、なにかあると「もったいない」と考えてしまう。さっきだってそうだ。このレースで使い切ってしまってもかまわないタイヤなのに労わってしまう。タイヤがスライドするのが怖いのじゃなく、減りそうなのがイヤで攻めきれない。

いつも思っていた。タイヤやクルマを労わって走って速くないのなら、それが自分の速さだ。それで勝てなくてもしょうがない。いつも終わってからああすればよかった、こうすれば結果は違ったのにと考えるが、それは意味の無いことだ。物に負担をかけずにいかに速く走るか。それがテーマなのだからそれしかない。実際、自分の何十倍も走りこんでいるドライバーと同じペースで走れているではないか。誰も知らないことだけど、自分では進歩している。それでいいじゃないか。

チラッと頭の片隅でそんなことを考えながら裏のストレートに出る。大きく目を開けば前方に27カローラが、間隔をおいてあの赤いミニと争っている110サニーが見える。「110だもんな。日本じゃとうに廃盤だよな。」

とにかくスムースに、少しずつ全てのコーナーを速く回ってみよう。後ろの2台はまだ絡んでいるしペースを上げては来ないだろ。

ブリッジ下の右。先が見えないイヤなコーナーだけど好きにならなくては行けない。なにしろ長〜い直線と性能以上の加速が期待できる急な下りを結んでいるコーナーだ。通過速度を上げるということは、スナワチ7コーナーから12コーナーまでを少しは直線化することでもある。

いつもと同じ所でブレーキング。クルマが安定してからいつもよりイニシャルを強める。その分減速度が立ち上がっている時間を短くして抜き始める。ステアリングホイールを少し引く。クルマがロールし始めるのがわかる。スロットルをピックアップ。前後過重を均等に持っていく。ステアリングを切り足すと横Gが増える。いつもやっていることだ。だが今回は少しばかり速いはずだ。

『ツッゥー』 フッとクルマが浮遊した感じ。

「来た!」 4輪が<全て同じ量だけ>流れている。いつもタイヤが流れているのは自覚していたが、常に修正を必要としない範囲の流れにとどめてきた。タイヤがもったいないからだ。でも今は違う。修正の必要はないが、きれいに軌跡をたどりながらクルマがしっかりと流れている。

流れているからか、いつもよりステアリングの重さが頼りない。

下りにさしかかる。過重が前に移動する気配がする。巻き込むといけない。スロットルを開ける。ゆっくりステアリングを戻すと、クルマは何事もなかったかのように安定する。

「ハハハッ! 次は最終コーナーだ。」

もう一度。ブレーキングでクルマを安定させ、アンダーステアが出ないように前過重に気をつけながらステアリングを引く。そして切り足す。

「来た! 来た!」

出口ではいつも通り。トラクションを横に逃がさないようにスロットルを開ける。

「ワオ!コントロールラインをちょっと越えて5速。」27カローラとの距離が半分くらいに縮まった感じ。

ストレートエンドのスピードが上がっていることを考えていつもより手前からブレーキに足を移す。踏力はいっしょ。抜き方もいっしょ。ターンイン。ステアリング。イーブンスロットル。上り坂に備えて早めにスロットルオン。

「んッ? もっと速く回れるのかなぁ。」

いつもそうだった。パッドが減りそうでガツンとブレーキを踏むのも躊躇してきた。結果的にはそれが良かった。スピードコントロールが楽だから、コーナリング全体の通過時間を稼ぐことはできた。1コーナーは逆バンク気味のコーナーだからもっと過重を移動させる必要があるのか。

「次はいつもの所で踏んでみよう。」

回り込んでいる3コーナーはいつも通り丁寧に回る。攻めるなら高速コーナーの方が効率は高い。あとに高速区間のあるコーナーは攻めすぎないほうがいい。そこでは得るものが少ない。

アンダーステアが出ない範囲でスロットルを踏み込み、いつもより速いペースを願って4コーナーを回る。27カローラが近づく。

なぜか、頭が命令しなくても身体が自然に動くようだ。こうしたいと思うだけで身体が動く。

「なんか透明な気分だよなぁ・・。」

最終話に続く

※ 解説用コースレイアウトにあるシケイン(8コーナー)はスポーツカーレースの大きな事故をきっかけに作られたもので、全米選手権の時にはなかった。

≪資料≫