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過去に執筆した原稿の中から ~アメリカンモータースポーツシーン 99年7月号~

数の上では、「カウチ(ソファ)にゴロンと横になってチップス(ポテトチップ)をつまみながらテレビを見るカウチポテト」が多いと言っても、そこはアメリカ。カウチポテトに代表される観客、つまり傍観者を決め込む人は、反面自分から能動的に行動する主役、要するに参加希望者であることが多い。

"参加する"ことの最低条件を"対象に興味を抱きとりあえずは覗いてみること"と定義すれば、逆に主役の数がが観客のそれを上回ってしまいそうなのがアメリカだ。これは別にモータースポーツに限ったことではない。政治経済からボランティア活動、はては趣味の集いにいたるまで、もちろんスポーツを含んでのことだが、実に多くの人が"どの分野"で参加者になろうかとアンテナを張り巡らしている。だからアメリカには元気がある。

例えばそれは、「えっ、こんな人が」と思うような人がNASCARウィンストンカップレースのことを良く知っているのに象徴されるように、参加できないとしても(ウィンストンカップレースに出場できるのはアメリカ広しと言えどもごく少数には違いない)、報道でウィンストンカップのことをよく勉強していて、少なくともウィンストンカップは私には関係ないと拒絶する姿勢は見られない。

だから、アメリカではおばあちゃんがデール・アーンハートのことを知っていたりする。だから、レースという共通の話題で親子ともども盛り上がることができる。

よく「アメリカでは老いも若きも男も女もレースを見に行く」と言われるが、それは隣の人が行くから私も行く、という相似形の発想から来るのではなく、「本当にそこにおもしろいものがあるのか行ってみよう」という単純な動機が広く蔓延しているからに過ぎない。

ひるがえって規制が多く報道が画一的な日本では、積極的に参加する(意識をもつ)機会が少ない。何をやるにも手続きが面倒なことが多く出費がかさむ。ちょっとしたブームになるとあっという間に全国的に画一的に蔓延するくせに、メディアが取り上げなくなるとしぼむのも一斉にして一瞬。逆に世間から注目されないものは未来永劫注目されない。

規制撤廃が叫ばれて久しいが、(政治家を含めて)一向に傍観者が減らないところにアメリカの日本に対する苛立ちの原因があるように思えてならない。

もちろん、ここでアメリカ人が参加型で日本人が傍観型の人種だと断じるつもりはない。しかし、「為にする議論や評論」がやたら多いのが日本で、ちょっと行き過ぎじゃないのと思うほど実務的かつ合理的な論争と説教がアメリカに多いのは紛れもない事実だ。

多面性がもたらす充実期

95年にNASCARがピックアップトラックによるレースを始めた。前にも書いたようにアメリカのクルマ市場で圧倒的に売れているのがピックアップだから、その市場(参加者と観客)を狙ってNASCARが販売した新製品だ。

当時はスーパートラックシリーズと呼ばれるショートトラック主体の全20戦のシリーズだった。当然10万人以上の収容数を誇るスーパースピードウエイでのレースはなかった。有名なNASCARのストックカードライバーも参加していないなかった。ところが、瞬く間にNASCARで最高の成長率を誇るナショナルシリーズへと成長してしまった。

理由はいろいろある。ウィンストンカップカーに比べて車両製作費が若干安いこと(カップカーが10〜12万ドルでトラックが7〜8万ドル)。初期にはレース中のピットストップが許されてなかったから特別なクルー(メカニック)を雇う必要がなかったしランニングコストも安かった(その代わり賞金も安かったが)。ケーブルテレビの拡大期にあったためスポーツ番組のソフトを探していた局が手をつけ早くから放映された。等など。他にもあるだろう。

しかし最大の理由は、「俺もナショナルレベルでレースをやってみたい」と願うローカルヒーローがやたらと多かったことだ。もちろん既に彼らはレースに関する限り真の参加者だったが、その彼らをしてナショナルレベルに参加したいと動機づけることができたのは、頂上へ続く道が明確に示されていたからだ。

とにかく、まず地場のショートトラックがあってそこに"我が町の誉れ"がいて、次に隣の州に出向いてトロフィーをさらってくる"ローカルヒーロー"がいる。皆がみんなナショナルレースまで到達できるわけではないけれど、いやだからこそ、町やローカルにとどまって名声を追いかける人達がいる。

今でこそNASCARナショナルシリーズ3兄弟の末っ子にまで成長したトラックシリーズだが、その実態は町とローカルのヒーローを目指す、カウチポテトならぬガレージにこもりっぱなしの主役希望者の演舞場だ。だから立派なスーパースピードウエイよりも、いまだにショートトラックでの開催数の方が多い。

事実、98年のトラックシリーズには延べ138人が参加している。その内32人は予選を通過せずに家路に向かっている。逆にシリーズ27レースの全てに出走したのは19人しかいない。

いかな町の誉れであってもローカルヒーローであっても、ナショナルシリーズに集まる主役になりたい気持ちの強い人種を押しのけてはい上がるのは至難の技だ。

トラックシリーズ4年間で2回のチャンピオンに輝いたロン・ホーナディ。昨年は賞金だけで91万ドルあまりをかせいだが、彼は上のナショナルシリーズに行くつもりはない。決してウィンストンカップやグランドナショナルシリーズからお呼びがかからないからではない。今やトラックシリーズだけでも十分に自分の(様々な)動機を満たすことができるからだという。

そう、NASCARストックカーは、背が伸びたり体格がよくなったりを繰り返す成長期の子供のように、伸長期から充実期へと向かっている。

続々と誕生するトラッククーロン

アメリカ人に最も親しまれている自動車ピックアップ。その意味で"リーズナブルな価格の移動と改造とナンパの道具"という効能書に「大人も使える競争の道具」という一文が加わった。

トラックシリーズはショートトラックを主体としているとは言え、NASCARのナショナルシリーズのひとつ。いわゆる格式のあるレースだ。だから、ハーフマイルのレーストラックでも、NASCARトラックシリーズの入場料は40ドルと高くなる。同じNASCARが統括していてもツーリングシリーズやレーシングシリーズなら入場料は12〜20ドル。町の誉れやローカルヒーローを見に集まってくる人が気持ちよく払う上限だ。もちろん、それでも高いといわれるているが。

で、アメリカは自由の国。といっても、規制が緩いから自由というわけではない。元々は人々の発想がこだわりがないから自由の国になったのだ。

流行るものには亜流が生まれる。当然のことだ。ピックアップトラックを道具にしたスポーツが誕生して丸4年しか経っていないのに、既に今年はNASCARトラックシリーズ以外に3つのナショナルシリーズが開催されている。つまり、NASCAR以外に3つのレースシリーズをそれぞれに統括する組織があるのだ。

NASCARと言えばストックカーレースの統括団体だから、言うなれば日本のJAFにあたる。従って、この状況を日本に置き換えて見れば、JAF以外に3つの統括組織が存在することになる。

「国内のモータースポーツに関する諸規則の制定と管理、各種ライセンスの発給、競技会の公認、競技車両の公認、記録の管理などを行っています。(JAFのウェブサイトより抜粋)」と日本のモータースポーツを独占管理しているJAF体制下ではありようのない話だが、自由の国アメリカでは複数の統括団体が存在し、かつ共栄している。

日本から見れば複数の統括団体が存在するアメリカを想像するのが難しいように、アメリカ人にしてみればひとつの組織が日本のモータースポーツ全てを管理統括している事実は信じがたいものだ。

余談ながら、ボクは30年近く統括団体という言葉を使ってきたが、これはそもそもJAFが自身のことをこう表現していたからそれに従っているだけで、このSanctioning Bodyを直訳した言葉自体ずいぶんと怪しいものだ。まぁ、そのJAFの言う統括とやらが何を指すのか、参考のために別項に全文を紹介しておいた。

トラックシリーズの話に戻る。
さて、NASCARトラックシリーズの後を追いかけて誕生した亜流(ここではNASCARトラックシリーズと対比させるため敢えて亜流という言葉を使う)のレースシリーズ。どうなっていると思う?

NASCARの圧力で開催困難に陥っているか。NASCARライセンスを持っているドライバーが亜流のレースに参加し、それが発覚してNASCARがライセンスを剥奪したとか。NASCAR公認レースを主催しているプロモーターが最近はやりの亜流トラックレースを開催したもんだから、NASCARから公認を取り上げられたとか。

残念ながら(?)、そうはならなかった。日本では現実的に起きそうな話だけどネ。

ではどうなったかというと、今アメリカのモータースポーツはピックアップトラックを中心にして新たな展開を見せている。いくつかの例をあげて説明しよう。

まずNASCARトラックシリーズの人気に目をつけた地方のショートトラックのオーナーが、「ひとつ、自分のレース場でもトラックレースを開催してみるか」と思い付き実行した。4気筒エンジンを搭載したミニピックアップ(トヨタや日産、シボレーやフォードの)をベースにしたミニトラックレースがそれ。

もともと"町の誉れ"を目指すドライバーがお客さんであるレース場では、手軽に楽しめるクラスとしてFRカローラなどサブコンパクトセダンを使ったミニストックレースを開催していた。しかしFRのクルマは今や中古車市場でも探すのが困難。かといってFFのクルマでレースをしても、オーバルトラックではおもしろい訳がない。

そこにピックアップトラックレースのブームだ。同じ4気筒エンジンを搭載するミニピックアップをクラスに加えた。今でもピックアップはFRだしフレームがあるから耐久性も高い。ロールケージを装着したりガラス類を取り払うこと以外の改造は許されないので、増殖しつつあるトラックレースの中では最もコストが安い。

次に新たな企業の参入だ。この企業はそれまでにゴーカート(レーシングカートではなく遊園地にあるようなもの)を作っていたから製造設備は持っていた。その企業の社長が「これはビジネスチャンス。独自のトラックレースシリーズを設立してレース車両は我が社が供給しよう」と、フルサイズのトラックレースを始めた。

で、どんなレースかと言うと、これがフルサイズのピックアップトラックを使っている。ところが、違う畑で育った人は考えることも違う。まず完成車の値段を1万5千ドルに設定(設立発表の時は1万2500ドルだった)。その価格で供給できる車両の開発にとりかかったのだ。

最終的に中古のアメリカンミッドサイズセダンのラダーフレームを使い、ロールケージを組み込み、350馬力を発生するスペックエンジン(これも中古エンジンをリビルドしたもの)を搭載、トランスミッションにはオートマチックを使う仕様となった。それでも1万5千ドルは安い。アメリカで言うところの「ターンキー」状態、完成車の値段だ。シボレー、フォードのFRPボディが選べるが、傍目にはNASCAR規定のトラックと見まがうばかりだ。

結局、安いコストに飛びついたのは参加者だけではなかった。各地のショートトラックのオーナーも「このレースを組み込めば参加者が増えるしレース内容もおもしろくなる」とばかりにクラスを追加したから、カリフォルニア州とアリゾナ州の一部で始まったこのアメリカンレーシングトラックシリーズは、今や19の州、44のレーストラックで行われる一大ムーブメントまでに発展し、生産台数は既に300台あまりを数える。

次がレース業界で実績のある企業のプロジェクトだ。アメリカには多くのレースエンジンやシャーシを供給する会社がある。それぞれにストックカーレースやドラッグレースに完成品やパーツを供給しているが、いくつかの会社が自社製品をトラックレース用に仕立て直し、消費者とレース主催者に販売している。

ストックカーレース市場で言えば、もっとも大きいのがウィークエンドレースで行われるショートトラックの参加者。彼らは既にNASCARツアーカーとかモディファイクラスの顧客でもあったわけだから、同じようなコストでトラックパッケージが売られている。完成車は工賃を入れて4万ドル前後。現在軌道に乗っているシリーズのひとつがプロ4と呼ばれるカテゴリーで、クラスは4気筒エンジンを搭載したミニピックアップをベースにしている。これはもうチューブフレームのバリバリだから、内容的にNASCARトラックシリーズの小型版だ。

基本的にNASCARルールは車両の最低重量が重い。カップカーだと1.53トンもある。これに700馬力強のエンジンを積むから馬力荷重は約2.19Kg。対するショートトラック専用のマシンは945Kg前後に400馬力のエンジンという例が多い。馬力荷重は2.36Kg。

レースがショートトラックで行われる場合、スピードはNASCAR規定の車両とそん色ない。特定のトラック、例えばフェニックスインターナショナルレースウエイのマイルオーバルでは、NASCARウィンストンカップよりNASCARサウスウエストツアーの予選タイムが速いのだから、けしてコストが安いからレースがおもしろくない、とはならない。

最後が、NASCARとは異なる統括団体の参入だ。前にも書いたが、アメリカのストックカーレースを統括しているのはNASCARだけではない。50年近い歴史を誇るIMCAがあり、ARCAやASAがある。現在来年からのシリーズ開催を勧めているのがARCA。ARCAと言えばデイトナスピードウィークにレースが組み込まれるほどプレステージは高く、かつウィンストンカップドライバーを生んだシリーズとしても有名だ(マーク・マーティン、ラスティ・ウォレスなどは元ARCAチャンピオン)。計画が順調にいけば、来年には4気筒エンジンを搭載している以外はNASCARトラックレース規定に準拠したマシンのレースシリーズが見られるはずだ。

とにかく。とにかくだ。カリフォルニアのとあるレースガレージの親父が「ピックアップトラックでレースカーを作ったらおもしろくないか?」と考えた。「だって、そこんら中にピックアップはゴロゴロしてるべ」。

おもしろいと思ったから作ったマシンをNASCARに見せる。NASCARもおもしろいと思う。なにしろNASCARはマーケティングの専門家集団だ。で、「それならば試験的にやっみるべ」と94年にエキジビジョンとして3レースが組まれた。

それを見ていたそれまでの傍観者達、「ピックアップでもレースができんのけ?」、「俺、パッセンジャーカーはクルマだと思ってないから」という層を引き込んで、NASCARトラックシリーズは1年目から大きな注目を集めた。

そして4年。今やピックアップレースはアメリカのモータースポーツを成長させるだ道具にとどまらず、充実させるための手段として参加者ばかりでなく傍観者からも注目されている。

でも、もしNASCARが、「NASCARの規定以外の車両でレースをやってはいけません」、「NASCARが認めていないレースは非公認競技ですから開催してはいけません」、「非公認競技に関係したNASCARライセンス保持者は処分します」などとやっていたらどうなっていただろう。アメリカではあり得ない話だから想像しにくいが、日本にいる読者のみなさんなら"どうなっていたか"想像できますよネ。

日本自動車連盟のサイトから引用

JAFは、自動車レースやラリー、スピード行事、カート競技など、モータースポーツのわが国の統括団体として、国際自動車連盟(FIA)に加盟(各国1団体)し、諸外国のモータースポーツ団体と活発に交流するなど、国際的に大きな役割を果たすとともに、国内のモータースポーツに関する諸規則の制定と管理、各種ライセンスの発給、競技会の公認、競技車両の公認、記録の管理などを行っています。
国内で行われるレースやラリー、ジムカーナやダートトライアル、カートなどの公認競技会は、JAFに登録されている約2200のクラブや団体によって、全国各地で年間に1900回以上開催されています。JAFは、競技運転技術の向上と、競技の安全性や公平性の確保など、さまざまな面でモータースポーツの普及・発展に努めています。